六.二 風力エネルギーの現状と可能性
*執筆担当:牛山泉(足利工業大学)
二一世紀まで二年足らずとなった現在、風力発電はほぼ実用段階に達しました。ここでは、風力発電の現状と可能性について概要を紹介します。
世界で最初に風力発電を開発した国はデンマークで、ポール・ラクールにより一八九一年にユトランド半島アスコフに四枚羽根のオランダ風車型の風力発電装置が建設されました。その後、デンマーク風力発電協会が設立され、一九〇八年までに一〇〜二〇キロワット機が七二台建設されましたが、第二次世界大戦後には急速に減少しまったく用いられなくなりました。
その後、今日の大規模風力発電の父といえるJ・ユールによる電力網に接続した実験などを経て、一九七三年の石油ショックで、再び風力発電が脚光を浴びるようになりました。一九八〇年代に入るとデンマーク国内の二十社もの風力発電機メーカーが活発に製造を開始し、一九九七年末現在、国内では四七〇〇台/一一〇万キロワットもの風力発電装置が運転されています。
これは、古くからの風力利用の土壌に加えて、ヨーロッパで最も風が強く風力を利用しやすい地形である上、個人所有の風力発電装置からの電力を商用発電網に接続できることや政府による初期の補助金などの政策補助が大きな理由とされています。
風力などの自然エネルギーの密度の低いことがしばしば批判されますが、これは自然本来のすばらしい特性なのです。もし太陽エネルギーの密度が高かったら、地球上は灼熱地獄になってしまうでしょうし、風力エネルギーの密度が高かったら、われわれは暴風圏に住むことになってしまいます。エネルギー密度の高さを強調するあまり、原子力や化石燃料の持つ危険性や放射性廃棄物、地球温暖化へのリスクなどを見失ってはなりません。密度の低い自然エネルギーは、小規模分散型の利用に適しており、大規模な利用にはなじまないと考えるべきでしょう。
ある発電装置に投入するエネルギー量に対して、獲得できるエネルギー量、すなわち「エネルギー収支」から見ても、風力発電は優れています。オークリッジ連合大学の試算によれば、風力発電のエネルギー収支は約四〇です。つまり、風車の製造と運転に投入するエネルギーの四〇倍ものエネルギーを生み出すわけです。これに対して、原子力(PWR)が四.六、重油火力で四.八という試算があります。
いわゆる発電コストでも風力発電の経済性は、急速に向上してきています。欧州や米国では、一キロワット時あたり五円程度まで低下しており、日本でも山形県立川町の例のように一〇円台の前半が射程に入ってきています。従来型の電源の環境コストとして、石炭火力発電で一キロワットあたり約六円、原子力では約三円といった試算もあるため、こうした外部費用を考慮すれば、風力発電の経済性は、従来型の電源と競合できるレベルが目の前に来ているといえるでしょう。
風のエネルギーを利用しようとするときには、風車の設置予定地点で必要なだけ風が吹いているかどうかを調べなければなりません。果たして、日本に風力発電に可能な風は吹いているのでしょうか。
日本の局地風を見ると、その風向はいずれも山地から海岸平野に向かうものがほとんどです。大平洋岸では、冬の西高東低型の気圧配位置の時、内陸から大平洋に向かいます。逆に、日本海側では、春・秋に日本海が低気圧になった時、日本海に向かう風向きの局地風です。これらの局地風の原因は、地球規模の気圧差によって吹く風に、各地域の特徴的な地形が影響して生じるものといえます。ただし、一年中吹いているわけではなく、その原因からも推定できるように、ある時期に限られているのが特徴です。
それでも、新エネルギー産業技術総合開発機構による一九九八年の調査結果によれば、日本の年間平均風速毎秒六メートルの地点に、五五〇万〜一六七〇万キロワットもの大型風車を建設可能であるとされています。
風のエネルギーを利用しようとする場合には、一年中定常的に吹いてくれた方が好都合ですが、逆に、農業や漁業などに従事する人々にとっては、ほどよい弱風以外は強い風が悪影響を及ぼすことの方が多くなります。古来、局地風の吹くところには「風神堂」が建てられているところが多いように、われわれの祖先は、風の吹かない場所に生活の場を選んできました。そのため日常生活ではあまり強い風を感じないのですが、日本には風が吹いているのです。
日本全体で、風のエネルギー資源がどれだけ存在するか、どれだけが利用可能であるかを考えてみましょう。
科学技術庁資源調査書の報告によれば、全国の海岸線のうち六〇〇〇キロメートルに高さ一〇〇メートルの風車を設置すれば、年間三〇億〜三〇〇億キロワット時(一九九七年度の日本の総発電量の〇.三〜三パーセントに相当)ものエネルギーが得られると試算しています。
また、日本の外洋に面した洋上を利用すれば、三キロメートル範囲内の利用で五〇〇キロワット級風車を想定した設置容量が約二億キロワット、約二八〇〇億キロワット時の発電量となり、これは、一九九七年度の日本の総発電量の三〇パーセントにも相当します。
これに対して、政府の風力発電の導入目標は、二〇一〇年までにわずかに三〇万キロワットにすぎません。風力だけでもこれだけの発電の可能性がある以上、環境を汚染しないエネルギー源として積極的に開発をすすめるべきでしょう。政府も自然エネルギーの開発に相応の資金と人とを割り当てて推進しなければ、いざという時に間に合わないことになります。