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●水力発電                           

第六章 第四節小水力エネルギーの現状と可能性

久保田 喬(神奈川大学)


●はじめに

 水力発電は、温室効果ガスの排出が最も少なく、地球環境に負荷をかけない再生可能な自然エネルギー源です。しかし、中国の三峡ダムや日本の黒四ダムに代表されるように、ダム式の水力発電は自然の生態系を変化させ環境への影響が懸念されています。ここでは、そうした影響のほとんどない、流れ込み式の小水力発電について現状と可能性を紹介します。


●ダム式水力発電の問題点

 自然循環型で再生可能な水力エネルギーを利用する以上、季節や気候による水量変動の影響を受けます。水量の安定化と治水灌漑を兼ねて、二〇世紀前半まではダムが盛んに建造されました。それによるダム上流の広域面積の水没、ダム下流の河川の枯渇、自然の流れを遮断したことによる魚や小動物など生態系への影響等が問題となるにつれて、ダムの建設が見直されるようになってきました。例えばアメリカでは数年前からダムの新設が禁止され、既設ダムをこわして元へ戻す努力が始まっています。
 一方、水力発電の歴史を振り返ってみると、大規模化による経済性を追求してきた結果、環境への影響の増大とともに、大型化に伴う初期投資の巨額化、回収期間の長期化といった問題点が顕在化し、国際金融の投資対象として魅力が失われてきました。
 また日本は、原子力発電を推進する数少ない先進国ですが、原子力発電の安定運転のために余剰電力の吸収先として揚水発電を開発してきました。しかし原子力発電の技術的・人的未熟さが露呈するにつれて、国民的合意が得られ難くなっており、これに伴ってダム式揚水発電にもブレーキが掛かっています。


●自然環境を破壊しない小水力発電

 水力開発率がすでに九〇パーセントを越えるフランスやスイスに次いで、日本やアメリカも九割に迫っており、水力発電が今後のエネルギー源の主流を担うことはできません。これらの国では、現在すでに既設発電所の改修や再開発が主となっており、今後もこの傾向が続くでしょう。
 こうした包蔵水力の限界に加えて、自然環境との調和を考慮すれば、ダムは造らず流れ込み式の小水力が中心となるでしょう。これによる従来型の経済性低下は、環境コストを考慮すれば、十分合理的なものと考えられます。
 こうした環境安全保障の観点に立てば、魚や蛙が通過できる水車や水質改善のために空気泡を注入する水車など、新しい環境調和型水力発電が普及する可能性があります。水車ランナの周速度は運転落差によって定まりますから、これまでの開発とは逆に回転数を低めに選んでランナ直径を大きくし、キャビテーションや渦糸が発生せず魚が通りやすくて損失の少ない、新しい水車の需要が喚起され新市場が形成されるでしょう。


●地球温暖化防止に貢献する水力発電

 一方、中国やインドは、包蔵水力が大きく開発率が一〇パーセントと低い国です。次いでロシアやブラジルが二〇パーセント程度であり、ノルウェイやカナダを加えた諸国では、水力発電が今後の地球温暖化抑制の主役を担うことが出来ます。当然、残存包蔵水力の大きい地域ほど地球温暖化抑制効果が大きいといえます。暮らしの豊かさをなるべく犠牲にせず、すなわち電力エネルギーの消費をそれほど抑制せずに地球温暖化を抑えるためには、化石燃料による発電を抑え水力発電を推進すべきであることは、ほとんど自明でしょう。今後、炭素税の導入や温室効果ガスの排出権の枠組みなどが具体化すれば、植林事業とともに水力発電が国際資本の魅力ある投資先として対象とされていくでしょう。
 例えば、アメリカに次いで温室効果ガス(二酸化炭素)排出のワースト第二位の中国では、石炭火力が全電力の八割以上を占めていることがその一因となっています。このため、三峡プロジェクトにような巨大ダムを建造して世界最大規模の水力発電を進めている一方で、小水力発電の建設を促すために、二酸化炭素排出の甚だしい五万キロワット以下の火力発電の新設を一九九八年に禁止し、近く規制上限を一〇万キロワットにまで引き上げるといわれています。今後、中国の電力需要が飛躍的に伸びても、それらのほとんどを水力発電で賄うことが可能であり、二酸化炭素の排出総量は増えず、さらに既設石炭火力を水力発電に置き換えていくことにより、二酸化炭素排出権の売り手国となるでしょう。このような中国の対策に刺激されれば、インドやロシア、ブラジルなどが追従する可能性があります。


●小水力発電による国際協力

 中国の水車製造工場は全土に一千社以上あるといわれ、上位二十社ほどを除けばランナ直径〇.五〜二メートルの小水力を製造しています。なかには、年間二百台近くの生産を続けている郷鎮企業もあり、雇用の受け皿としても十分に機能しています。これらの小水車は必ずしもダムを必要とせず、たとえば十〜百メートルの落差に対してマイクロペルトン水車を適用すれば、河川の水量に対して控えめな流れ込み式とすることにより、環境に与える影響も抑えられます。国として地球温暖化抑制対策を着実に実行しており、日本としても大いに見習う必要があるだけでなく、積極的に支援していくべきでしょう。
 日本では、実物水車を製作するに先立って、形状の完全相似な模型水車を開発し、モデルテストにより実機の性能を予測するという技術体系が確立しており、最近のコンピュータによる三次元粘性流れ一体解析技術の進展と相まって、最適化技術が蓄積されています。これらの技術を出し惜しみすることなく、中国の地球温暖化抑制水力発電を支援していくことが望まれます。


●小水力発電のポテンシャル

 水力のポテンシャル(残存包蔵水力)は、政策や人の意識によって変わります。環境コストの上乗せを無視し、発電効率という従来型の経済性だけを追求した場合には、水力のポテンシャルは開発済み水力の約一割とされています。しかし地球環境を守るために仮に炭素税が導入されれば、残存包蔵小水力は開発済み水力とほぼ同じオーダーに達します。かつて鉄道やモータリゼーションのために埋め立ててしまった全国数千の小川を取り戻すだけでも、新たな雇用を創出するだけのポテンシャルを見い出し得るのです。

注記:本稿でいう「小水力発電」とは、ダムをつくらない流れ込み式のミニ・マイクロ水力発電をいいます。


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